文部科学省(以下「文科省」)の大学研究力強化部会(第8回)が令和8年5月22日に開催され、「大学研究力強化に向けた取組について(案)——これまでの議論のまとめ」が示された(資料2)。同時に、デロイト トーマツ委託の「国内大学の戦略的裁量経費に関する調査」報告書も配付された(資料1-1)。本稿は両資料を読み解き、5/13に高市首相が経団連との会談で言及した「研究費の実質倍増」「特定分野で高い研究力と高度な経営を行う大学の認定制度創設の検討」を踏まえつつ、私大経営層が直面する制度設計の実像を整理する。

要点は3つ。①研究大学群を「3つの類型」で整理し、その間を人材流動と共同研究で架橋する設計であること、②学長裁量で動かせる『戦略的裁量経費』が事実上の評価軸の一つになりつつあること、③「プロデュース力」を備えた大学経営人材の育成が組織能力の前提条件として浮上したこと——である。

1. 「3つの類型」の研究大学群——縦の序列ではなく横の架橋

5/22まとめ案(資料2 p.1)は、研究大学群を3つの類型として提示した。国際卓越研究大学(当面数校程度、大学ファンドの運用益による支援)と、地域中核・特色ある研究大学(J-PEAKS)を両端に並置し、その間に「我が国の成長の中心として世界で存在感を示す研究大学」を架橋的に位置付ける構造である。階層的な「上下」関係ではなく、特定分野での人材流動・共同研究を介して相互発展する関係の構築が明示されている点が肝心である。

この類型の制度的根拠は、日本成長戦略会議における「産業競争力・研究力中核大学群の形成」の検討の動向にある(資料2 p.9)。文科省単独の制度ではなく、政府全体の成長戦略の文脈で議論されている点が重要である。5/13に高市首相が言及した「特定分野で高い研究力と高度な経営を行う大学の認定制度」は、この中間類型の制度化を念頭に置いた発言と読むのが自然だが、まとめ案自体は「認定制度」という用語を採用していない。現時点での政策設計は「群の形成」レベルにとどまり、認定の具体スキームはこれから固まる段階にある。

支援の柱として、まとめ案は①広域経済圏の産業イノベーション牽引、②強みとなる重要分野の拠点形成、③研究人材の集積・輩出、④研究基盤の刷新——の4点を挙げた。また第7回ヒアリングの整理(資料2 p.7)では、「どの分野であっても『現状維持』を考えた時から後退が始まる」とのマインドセット転換の必要性が論点として示されている。

2. 「戦略的裁量経費」が問われる時代——実態調査の含意

注目すべきは、まとめ案p.9で「学長裁量経費なども活用し、大学主体で研究を活性化させ、研究力を向上させる取組」が今後の検討事項として明示されたことである。この問題提起の根拠が、同日配付された戦略的裁量経費調査(資料1-1)である。

調査は国立大8法人・私立大4法人の合計12法人を対象に、戦略的裁量経費(学長・執行部・学部長等がリーダーシップを持ち、大学戦略を実現するために裁量をもって執行する予算)の捻出方法・投資先・活用事例を分析した。主な投資先は、①萌芽的な研究、②部局横断的な研究、③補助金終了後の自走化への移行期コスト、④中長期的な大学独自の施策——の4分野である(資料1-1 p.30)。

国立大の代表的事例として、URA等の人件費に戦略的裁量経費を投入し、企業との連携拠点が2022年度14社→2025年度47社(約3倍)、民間研究資金が101億円→約150億円へと伸びた事例が示された(資料1-1 p.26)。裁量経費の規模と研究力強化の連動性が、政策エビデンスとして明示された格好である。

調査は「戦略の具体性と裁量経費確保額の間に明確な相関はない」としつつ、「裁量経費を多く確保している大学は、関わるプロジェクトについて明確な目標と成果指標を設定していた」(p.28)と整理した。裁量経費の額そのものではなく、その運用の質と戦略の具体性が組織能力を映すという読み方が政策側の前提となっている。

3. 私大経営に直結する3つの論点

① 「縦の序列」から「横の連携」へ——架橋を前提とした自学位置の再定義

第5回議論で示された意見として、「研究大学改革が縦の序列ではなく横の連携によるシナジー効果を生み出すべき」(資料2 p.5)との整理がある。これは、私大が「国際卓越研究大学に届くか/届かないか」という縦軸だけで自学位置を測ることの限界を示す。特定分野での横の連携(産学官金や他大学とのコンソーシアム)こそが3類型の架橋部分に食い込む現実的な経路となる。

② 「プロデュース力」型経営人材の育成

ヒアリング整理で繰り返されたのは、「大学の強みやアクティビティを理解した上で、産業界にも連携を広げていくことができる『プロデュース力』のある人材」を大学経営層に確保することの必要性である(資料2 p.7)。同時に「マネジメント力は研究者にも求められる能力」であり、博士課程学生にもトランスファラブルスキルとして教えるべきとされた(同p.7)。「研究者か経営層か」の二分法を超えた人材設計が政策側の前提となっている。

③ 大学院生の人件費・キャリアパス設計

まとめ案は産学連携の論点として、大学院生の人件費や研究費等、必要となるコストの適切な分担と明確化(資料2 p.9)を求めている。博士課程学生を「労働力」「研究パートナー」として正面から位置付ける制度設計が、企業からの大型産学連携を呼び込む条件となる。

4. 経営層が今すぐ着手すべき3つの準備

第一に、自学の中長期戦略の具体性自己点検。資料1-1の調査が示した通り、「KPI付きアクションプラン」が裁量経費活用の必須要件となりつつある。3〜5年の数値目標を全学共通で持つ作業を、今期から始めるべきである。

第二に、裁量経費の捻出スキーム整備。私大の主な原資は基金運用益と間接経費(資料1-1 p.31)。基金運用の高度化と間接経費比率の見直しを、財務改革テーマとして本格化させる。

第三に、5/22まとめ案の動向追跡体制。日本成長戦略会議の「産業競争力・研究力中核大学群」検討との連動が今後の焦点である。部会配付資料と成長戦略会議資料を学内で並行チェックする体制を、企画担当部署に明確に置くこと。後追いでは間に合わない。

結び

5/22部会案は「認定制度」の青写真を示したわけではない。しかし、研究大学群の3類型と横の架橋、戦略的裁量経費による研究力強化、プロデュース力型経営人材という評価軸の輪郭は確実に固まりつつある。「実質倍増」の恩恵を受けるための条件は、認定を待つことではなく、それまでに学内の戦略・裁量経費・経営体制を可視化しておくことである。判断を先送りすれば、選択肢そのものを失う。

UB研究所は、中長期戦略のKPI設計、裁量経費スキームの整備、プロデュース力型経営人材の育成支援のいずれの局面においても、政策動向に整合した実務支援を提供しております。個別のご相談はお問い合わせフォームより承ります。

(参考資料)文部科学省 科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)配付資料1-1「国内大学の戦略的裁量経費に関する調査」(デロイト トーマツ、令和8年3月)、同資料2「大学研究力強化に向けた取組について(案)——これまでの議論のまとめ」(令和8年5月22日)、「『研究費を実質倍増』高市首相が経団連提言に言及」リセマム(2026年5月14日)、日本経済団体連合会「科学技術立国戦略」提言(2026年5月13日)