損益赤字の国立大学法人は令和7年度決算で12、資金ショートはゼロ。一方、私大の審査基準は「直近数年度で一度でも経常収支差額が零以上」か「運用資産マイナス外部負債が零以上」のいずれかを求め、その上に負債率と負債償還率の閾値を重ねる。効き始めるのは令和10年度開設審査、大学新設の申請は8月31日に予約が始まる
文部科学省高等教育局国立大学法人支援課は令和8年8月12日、「東京大学の財務状況に関する報道についての見解」を公表した。東京大学は8月7日に「研究者数の削減を検討している事実はなく、そのような方針や計画を決定した事実もありません」と否定する一方、財務環境が「人件費や物価の上昇などにより厳しさを増しており」、財務基盤の強化に取り組む必要があることは事実だと認めていた。
私立大学にとって重要なのは、そこで使われた論法が私大では既に制度化されており、しかも私大側には国立にはない数値の閾値と、適用の始まる時期がある、という点である。
1. 要点――文科省が示した「赤字」の読み方
第一に、会計の説明である。損益計算書上の赤字は「当期単年度の経営状況を示すもの」であり、減価償却費は現金支出を伴わずに費用計上され、寄附金は受入時に現金収入となる一方で収益には計上されない。よって単年度の赤字は資金ショートを表さない。令和7年度決算で損益計算書上赤字の国立大学法人は12あるが、資金ショートは生じていない。
第二に、東京大学の数値である。令和7年度決算で現金及び預金1,262億円を含む資産は1兆5,217億円。損益は赤字だがキャッシュフロー計算書は25億円の黒字であり、年度末の利益剰余金1,546億円、寄附金861億円を有する。よって「直ちに資金ショートを起こし、企業であれば倒産に直結するような赤字ではなく、東京大学の見解の通り、研究者の削減を検討しているような事実はない」。
ただし文科省は同時に釘を刺す。東京大学は令和8年度に「当初から44億円の赤字を前提として予算を策定しているが、なお経営努力が必要」。示されたのは安全宣言ではなく、赤字の読み方である。
2. 政策文脈――私大では、この論法は既に指標になっている
「損益ではなくキャッシュを見る」という読み方は、私学では新しくない。日本私立学校振興・共済事業団の経営判断指標は、フローチャートの起点に教育活動資金収支差額を置き、「学校法人の破綻のきっかけが資金ショートであることから、指標ではキャッシュフローを重視しており」と明記する。同差額が赤字なら運用資産での補填年限を、黒字なら外部負債の返済年限を分析し、A1からD3までの14区分に分類する。イエローゾーンはB1から始まる。
違いは水準にある。令和7年4月公表の集計(2023年度決算ベース)では、大学法人571法人のうちB1以下は136法人・23.8%。2022年度決算ベース(567法人)の101法人・17.8%から6.0ポイント悪化した。
3. 実務への3つの影響
① 資産要件は「いずれか」であり、東大論法と同じフロー対ストックの構造をもつ
学校法人の寄附行為及び寄附行為の変更の認可に関する審査基準(平成19年文部科学省告示第41号)の令和10年度開設審査以降版は、第二の五(五)で「学校法人の資産の状況等について、次に掲げる要件のいずれかに該当すること」と定める。アは開設年度の4年前の年度から申請年度までの各年度の「いずれかにおいて、当該年度の経常収支差額が零以上であること」、イは申請年度において運用資産から外部負債を控除した額が零以上であること。学部等の設置に係る第四でも準用される。
フローが赤字続きでもストックが厚ければこの(五)は満たす。文科省が東大について用いたのと同じ構造である。ただし(五)は第二の五が課す(一)から(十三)までの一項目にすぎず、これを通っても負債率・負債償還率で落ちる。
② 私大側には、国立にはない数値の閾値がある
同じ第二の五は、開設年度の前々年度の末日における負債率――総資産額に対する、前受金を除く総負債額の割合。設置経費等に借入金を充てる場合は当該借入金を含む――を〇・二五以下と定める(七)。ただし開設年度の前々年度および3年前の年度において基本金組入前当年度収支差額が零を上回り、かつ開設年度の前年度から完成年度までの各年度において零を上回る見込みがあると認められる場合は〇・三三以下でよい(八)。負債償還率は、既設の学校等のための負債に係る償還計画において、開設年度の3年前の年度から完成年度までの各年度において〇・二以下であることが求められる(十)。単年度の点ではなく、償還計画を通した多年度の要件である。なお(九)(十一)は、校地を再評価した後の総資産額による負債率、繰上償還分の元本相当額を控除した負債償還率について、それぞれ基準を満たせば基準以下とみなす規定を置く。額面の比率だけで諦める必要はない。
③ 適用は令和10年度開設審査から。すなわち、いま提出する案件が対象である
附則(令和8年3月13日文部科学省告示第45号)は「公布の日から施行し、令和十年度に行おうとする私立の大学の設置等(略)に係る審査から適用する」と定める。令和9年度案件は附則第三条により従前の例によるが、令和10年度案件で従前の例によるとされたのは、第二の五(二)――収容定員充足率〇・七を上回ることを求める規定――およびその準用規定に限られる。財務要件は経過措置の対象外であり、令和10年度開設案件から直ちに効く。
日程は目前である。大学設置の手引(令和10年度開設用)によれば、大学等の新設に係る認可申請は予約が令和8年8月31日から9月4日、受付が9月14日から18日。学部・大学院等は予約が12月14日から16日、受付が令和9年1月5日から8日である。なお、本稿が扱う財務要件を実際に審査するのは、これと並行して行う寄附行為(変更)認可申請であり、その受付は9月10日から15日と、設置認可より先に締まる。
4. 経営層が今着手すべき2つの準備
準備①:自校の「赤字」を三層に分解する 損益(経常収支差額)、キャッシュフロー(教育活動資金収支差額)、ストック(運用資産マイナス外部負債)は別物である。文科省が東大について行ったのは、この三層を分けて示す作業にほかならない。
準備②:運用資産と外部負債を、告示の定義で棚卸しする 事業団の指標と告示は定義が近いが同一ではない。自校のどの小科目が「準ずるもの」として運用資産に算入され、どれが外部負債に落ちるかを、申請の何年も前に確定しておく。
結び
問いは四つである。開設年度の4年前の年度から申請年度までに、経常収支差額が一度でも零以上になった年度はあるか。運用資産から外部負債を引いた額は、告示の科目定義で計算しても零以上か。負債率は、開設年度の前々年度の末日という一時点で〇・二五以下(緩和要件を満たせば〇・三三以下)か。負債償還率は、開設年度の3年前の年度から完成年度までの各年度で〇・二以下か。
文科省は東京大学について、単年度の赤字を資金ショートと読み替えることを否定した。同じ論理は私大にも通用する。ただし私大では、それが釈明ではなく〇・二五、〇・三三、〇・二、そして「いずれか」という条文の形で書かれている。数値が判定する。
UB研究所は、設置認可申請における財務要件の判定、収容定員充足率の設計、認可申請書類の作成支援をご提供しております。お気軽にご相談ください。
参考資料
- 東京大学の財務状況に関する報道についての見解(文部科学省、令和8年8月12日)
- 本学の財務状況に関する報道について(東京大学、2026年8月7日)
- 学校法人の寄附行為及び寄附行為の変更の認可に関する審査基準(令和10年度開設審査以降)
- 学校法人の経営の現状と私学事業団による経営相談等(日本私立学校振興・共済事業団、令和7年4月)
- 大学の設置等に係る提出書類の作成の手引(令和10年度開設用)
本レポートは2026年8月28日時点の公開情報に基づき作成しています。
株式会社UB研究所
