基本ポートフォリオを設定している大臣所轄学校法人は11%。国は平成21年通知の受け止め方を整理し、理事会に運用の基本スタンス策定を促した
文部科学省と経済産業省は令和8年7月22日、「大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック」を連名で公表した。両省合同の「大学の資産運用の在り方に関する研究会」が令和7年10月から4回の会合を経て取りまとめた、国公私を通じた大学向けの初の指針である。実態調査の結果、取組事例集、チェックリストも同時に公表された。
前提となる認識は明快である。少子化に伴う学納金収入の減少を踏まえれば財源の多様化は急務であり、インフレ環境下では「預金・債券中心」の運用は実質的な資産価値が目減りするため、必ずしも安全とは言えない――。そのうえで文書は、この状況を財務等の実務担当者のみならず理事長・理事等も含めた共通の認識としたうえで、法人として中長期的な基本スタンスを定めることが重要だとした。資産運用は担当部署だけの実務問題ではなく、理事会等が責任を持って方針を決める事項だという位置づけである。
1. 要点――実態調査が可視化した「規程はあるが方針はない」構造
実態調査は令和7年10月から令和8年2月に実施され、学校法人は大臣所轄665法人のうち609法人が回答した(回答率91.6%)。運用対象資産は合計10兆3,079億円である。以下、資産構成は令和7年3月末時点、体制整備は同年10月1日時点の数値である。
結果は体制整備の偏りを明瞭に示す。「資産運用規程の整備」は558法人(92%)と高い一方、「運用目標の設定」は163法人(27%)、「基本ポートフォリオの設定」は64法人(11%)にとどまる。形式は整っているが、何を目指しどの資産構成で運用するかが決まっていない。人材面も同様で、OCIO(外部の最高投資責任者機能)の活用は9法人(1%)、運用経験を有しない者が運用担当責任者となっている法人が243法人(40%)、人材・機関を何も設置していない法人が164法人(27%)に上る。
現金預金は全体の37.4%、運用資産10億円未満の法人では76.5%を占める。大規模法人は二極化しており、運用対象資産500億円以上の46法人のうち28法人(61%)は現金預金・債券が8割を超えた。規模があれば高度化しているわけではない。
2. 政策文脈――「資産運用立国」の枠組みに大学が組み込まれた
単発の施策ではない。「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」(令和7年6月13日)が大学の資産運用の実態把握を求めたことを受けて調査が行われ、令和8年7月21日の「日本成長戦略」にガイドブックの策定・周知と共同運用の促進が盛り込まれ、その翌日に公表された。私学政策の側でも「2040年を見据えて社会とともに歩む私立大学の在り方検討会議」の審議まとめ(令和8年2月19日)が財源の多様化を掲げる。経済政策と私学政策の双方から同時に押されている。
3. 実務への3つの影響
① 平成21年通知の受け止め方が公式に整理された
最も踏み込んだのは、平成21年1月6日付け「学校法人における資産運用について(通知)」(20高私参第7号)の位置づけである。リーマン・ショックを受けたこの通知と、それ以前から続く寄附行為作成例の「確実な有価証券」との記載が、安全性を過度に重視した運用の要因になっているとの指摘に対し、ガイドブックは「元本が保証されない金融商品による資産運用を妨げるものではない」と明確化した。あわせて、寄附行為作成例と同様の規定の下でも、適切な体制に基づき安全性が相当程度あると判断したうえで元本非保証の商品を含む運用を行うことは想定されるため、寄附行為の変更は不要と考えられるとした。
ただし規制の緩和ではない。同時に、通知が示した安全性の確保、規程等の整備、責任ある意思決定、統制環境の確立といった内容の「通用性は現在も変わるものではない」とも明記している。解かれたのは規制ではなく、受け止め方に由来する思考停止である。
② 「損失=責任追及」という前提が整理された
損失発生時に善管注意義務違反を問われることを懸念して積極的な運用に踏み切れない、という現場の声がある。これに対しガイドブックは、同義務違反は損失という結果のみで判断されるものではなく、意思決定の体制と判断資料の十分性といった判断過程と判断内容を総合考慮して認定されるとし、役割を適切に果たしてなお損失が生じた場合は結果責任を問われないと整理した。裏を返せば、判断過程を記録に残せない法人はこの保護を受けにくい。
③ 運用実態が「見える化」の対象になる
学校法人会計では有価証券は原則として取得価額で計上され、簿価だけでは評価損益を含む実質的な運用成果が把握しにくい。ガイドブックは、現行制度でも計算書類の注記で時価情報の記載を求めていることを確認したうえで、今後、文部科学省において記載の充実を図る検討が必要とした。義務づけまで踏み込んではいないが、運用実態が比較可能な形で外部に示される方向にある。
4. 経営層が今着手すべき3つの準備
準備①:運用目的・運用目標・運用方針の3点セットを理事会の議題に載せる ガイドブックはこの3点を、理事長等のリーダーシップの下で理事会等として責任を持って策定すべきものと位置づけた。運用目標は実質的な目減りを避けるため実質リターンを意識して設定する。目標リターンを回答した99法人の中央値は2.0%であった。
準備②:資金を短期・中期・長期に区分し、体制と権限を明確化する 日常運営に必要な短期資金、使用予定のある中期資金、将来世代のために維持すべき長期資金の峻別が、ポートフォリオ設計の前提となる。あわせて資産運用委員会等の設置、担当理事・実務担当者の権限明確化、OCIO等の活用を検討する。監事の監査項目に、方針から外れた運用が行われていないかという観点を加えることも有効である。
準備③:保有商品を棚卸しし、アセットオーナー・プリンシプル受入れを判断する 学校法人の運用対象資産の約1割(9.9%)を仕組債が占め、ガイドブックは大きな損失や流動性リスクを伴う複雑な商品として慎重な判断を求めている。保有状況と中途売却の可否を確認したい。同プリンシプル(令和6年8月内閣官房策定)の受入れは任意だが、ガイドブックは望ましいとしており、令和8年7月1日時点で学校法人23法人が表明済み、調査では303法人が「検討中」と回答している。
結び
ガイドブックは法令ではなく指針であり、直ちに何かを義務づけるものではない。しかし大臣所轄の学校法人の運用体制が数値化され公表された意味は小さくない。基本ポートフォリオを設定している学校法人が11%という数字は、裏返せば89%の法人が「決めていない」ことを国が把握したという事実である。
問われるのは三点――運用の目的を理事会として定めているか、資金の性格に応じた区分と体制が整っているか、判断の過程を説明できる記録が残っているか。この三点を欠いたまま預金・債券中心の運用を続けることは、インフレ下では「安全な選択」ではなく、説明されないまま実質価値を毀損させる選択になりつつある。
UB研究所は、学校法人の資産運用に係る基本スタンス(運用目的・運用目標・運用方針)の策定支援、資産運用規程・委員会体制の設計、理事会・評議員会への説明資料の整備をご支援しております。お気軽にご相談ください。
参考資料
- 大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック(文部科学省・経済産業省、令和8年7月22日)
- 同 概要
- (参考資料①)「大学の資産運用実態把握等調査」の結果について
- (参考資料②)取組事例集 / (参考資料③)チェックリスト
- 文部科学省 公表ページ(大学の資産運用の促進・高度化に向けたガイドブック)
本レポートは2026年7月29日時点の公開情報に基づき作成しています。
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