令和8年9月30日、文部科学省高等教育局が「2040年を見据えた高等教育改革の方向性について〜大学等の機能強化と量的規模適正化〜」(全28枚)を公表した。スライド番号4(PDF5ページ目)に、私立大学601校の資金ショートリスクを4区分に分類した推計が載る。算式は「学校法人の運用資産÷収入減に伴う年間赤字額」。2040年度に耐久年数4年未満となるのは183校、2024年の入学定員で6.2万人分である
資料はこの図に「人口減少が私立大学の経営に及ぼす影響予測(イメージ)」という表題を付し、主な仮定として5点を挙げる(末尾に「など」とあり、列挙は網羅ではない)。算式と仮定が公表された以上、自法人がどの区分に入るかは決算書から計算できる。仮定の置き方を把握しておくことが、理事会・金融機関・所轄庁への説明の前提になる。
1. 要点 〜4区分の推移〜
区分は4つである。健全な経営状況(資金流出傾向にない)、中期的な資金ショートリスクがある(耐久年数10年以上)、同リスクが高い(4年以上10年未満)、同リスクが特に高い(4年未満)。対象は2024年度時点で設置されている私立大学601校で、短期大学・通信制大学・大学院大学及び募集停止中の大学は除かれる。
2024年度の内訳は、健全443校、中期的106校、高い30校、特に高い22校である。2030年度は417校・114校・28校・42校。2035年度は304校・184校・42校・71校。2040年度は101校・238校・79校・183校となる。括弧書きの入学定員(2024年時点)が併記されるのは2040年度の列のみで、健全24万人、中期的16万人、高い4.2万人、特に高い6.2万人である。
健全区分の減り方は直線ではない。443校(2024年度)から417校(2030年度)までは微減にとどまり、2035年度に304校、2040年度に101校へ落ちる。図には18歳人口107万人→74万人、大学進学者数63万人→46万人(いずれも2024年度→2040年度)の系列が重ねられている。
2. 政策文脈 〜耐久年数の出所〜
「耐久年数」は今回の資料で新設された概念ではない。日本私立学校振興・共済事業団の経営判断指標が用いる用語である。同事業団「私立学校運営の手引き」(2023年3月改訂版)は、耐久年数を「学校法人があと何年で資金ショートするか」と定義し、修業年限未満をD区分(レッドゾーン)、修業年限以上10年未満をC区分、10年以上をB区分に割り当てる。4年制大学の修業年限は4年である。今回の閾値は、この区分に重なる。
ただし算式は同じではない。事業団の耐久年数は、教育活動資金収支差額の赤字による運用資産の取崩しに加え、外部負債を約定どおり返済した場合の枯渇時期を見る。今回の推計の分母「収入減に伴う年間赤字額」には、資料に算定式の明示がなく、債務返済の扱いも読み取れない。両者の数値を直接突き合わせることはできない。事業団の定義では、運用資産は「現金預金、有価証券、特定預金(資産)」であり、これと対置される外部負債は「長期借入金、短期借入金、学校債(1年以内償還予定学校債を含む)、長期未払金、未払金(流動負債)及び手形債務」の合計である。今回の推計が分子にこの定義を用いたかどうかは、資料からは確認できない。
時間軸も示されている。図の下部には「第Ⅰ期 大学の量的規模適正化総合施策」「第Ⅱ期 同施策」「入学者急減期」の3区間が引かれ、第Ⅰ期は2030年度まで、第Ⅱ期は2035年度まで、2036年度以降が入学者急減期にあたる。骨太の方針2026(令和8年7月21日閣議決定)も「2030年までを第1期とし」と期を区切り、「大学の経営体力がある段階での撤退を進めつつ」と述べる。
3. 実務への影響 〜3つの論点〜
① 自己診断の単位
分子は「学校法人の運用資産」であり法人単位、一方で集計は601「校」単位である。複数の大学を設置する法人では、法人単位で算出された耐久年数が各校に割り付けられていると読めるが、その処理は資料に明示されていない。仮定も法人単位で置かれる。大学以外の種別の設置校(中学・高校等)を有する学校法人は、収入が全ての設置校で大学と同じ割合で減少するものとして計算される。中高の在籍動向が大学と異なる法人では、ここが実態からずれる。
② 仮定の非対称
仮定は一方向ではない。経常支出額を2024年度決算のまま据え置く(今後の経費削減を考慮しない)点と、国公立大学は18歳人口の減少に関わらず定員が充足するとする点は、私立大学にとって厳しい側に働く。公表された仮定の範囲では、納付金単価の引上げも読み取れない。
逆方向もある。入学定員2,000人以上の大規模大学と医学部設置大学は、恒常的な資金流出には陥らないものとして扱い、グリーンゾーンに計上される。2040年度の健全101校には、算定結果ではなくこの扱いによって計上された大学が含まれる。健全区分に入ることが、そのまま財務の健全性を意味しない場合がある。
減少率は全国一律である。学生生徒等納付金収入の減少割合は2025〜2034年が年0.9%減、2035〜2040年が年6.2%減。単純に累積すると2024年比で2034年に約8.6%減、2040年に約37.8%減となる(当社試算)。地域別・分野別の差は捨象される。
③ 指導制度への接続
この推計は観測ではなく、制度設計の議論と地続きにある。「2040年を見据えて社会とともに歩む私立大学の在り方検討会議」審議のまとめ(令和8年2月19日)は、学校法人の経営状況の評価指標を再検討し、現状の経営状態の評価だけでなく、借入金の返済計画やそれに伴う資金ショートリスク等の将来予測も踏まえて総合的に評価することとし、評価段階に応じた体系的な経営改革のシステムを構築する、と提言した。
示された経営改革システムの例は2つである。リスクが一定段階に至った学校法人に経営改革計画の策定を求め、その策定を私学助成の交付要件とし、計画に記載するKPIが未達の場合は助成金を減額する。リスクが極めて高い学校法人には、縮小・撤退等の勧告と対応状況の公表を行う。経営指導の対象法人は100法人程度に拡大するとされる。同まとめによれば、経営指導の対象は2025年度時点で42法人、文部科学大臣所轄学校法人は669法人である。前2者は検討会議が「経営改革システムの例」として箇条書きで例示したものであり、対象法人数の拡大を含め、制度化された措置ではない(42法人・669法人は同まとめが記載する現状値)。同まとめは中央教育審議会の答申ではなく、文部科学省が設置した検討会議の報告である。
4. 実務上の対応 〜3つの準備〜
準備①:運用資産の棚卸し 貸借対照表から現金預金・有価証券・特定預金(資産)を集計し、外部負債と対置する。事業団の経営判断指標のフローに自法人を当て、区分を確定する。推計の分母は再現できないが、区分の判定は再現できる。
準備②:仮定の差し替え 全国一律の減少率を、自法人の充足率・設置地域の18歳人口推計・学部構成に置き換えた自前の推計を作る。一律仮定との差分が、理事会と金融機関に対する説明の論拠になる。
準備③:意思決定点の設定 第Ⅰ期(〜2030年度)、第Ⅱ期(〜2035年度)、入学者急減期(2036年度〜)の区切りに、自法人の中期計画の期間と意思決定点を重ねる。健全区分が大きく崩れるのは2035年度以降である。経営体力があるうちの判断を求める政策文書の表現は、この時間差を前提とする。
結び
問いは3つである。自法人の運用資産と耐久年数を、事業団の定義で算定しているか。明示された5つの仮定のうち自法人に当てはまらないものを特定し、差分を数値で説明できるか。中期計画の意思決定点は、2035年度より前に置かれているか。
この推計は「イメージ」と題されている。精度を争う資料ではない。争点は、資金ショートリスクという指標が私学助成の交付要件と指導・勧告の起点に接続されようとしている点にある。推計の当否にかかわらず、算定の手順を自法人で再現しておく実務価値は変わらない。
UB研究所は、中期計画の策定、財務シミュレーション、収容定員設計、経営改革計画の立案に関する実務支援をご提供しております。お気軽にご相談ください。
参考資料
- 2040年を見据えた高等教育改革の方向性について〜大学等の機能強化と量的規模適正化〜(文部科学省高等教育局、令和8年9月30日公表・令和8年10月7日更新版)(PDF)
- 2040年を見据えた高等教育改革の方向性について〜大学等の機能強化と量的規模適正化〜【令和8年10月7日更新】(文部科学省 掲載ページ)
- 2040年を見据えて社会とともに歩む私立大学の在り方検討会議 審議のまとめ(令和8年2月19日)(PDF)
- 同 概要(PDF)
- 2040年を見据えて社会とともに歩む私立大学の在り方検討会議(文部科学省)
- 私立学校運営の手引き 2023(令和5)年3月改訂版(日本私立学校振興・共済事業団)(PDF)
- 経済財政運営と改革の基本方針2026(令和8年7月21日閣議決定)※上記文部科学省資料スライド18〜21(PDF19〜22ページ)に抜粋
- 令和9年度文部科学省高等教育局概算要求(強靱な高等教育への転換に挑戦する10の重点施策)※同資料スライド22〜27(PDF23〜28ページ)
本レポートは令和8年10月9日時点の公開情報に基づき作成しています。 株式会社UB研究所
